君をみるしかなかった

儚い男の子の夢追う姿を傍観するだけ

嵐の外野になった日

 

 

 

 

 

 

こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。きっとつい1週間前の自分に「あんたいつか嵐のおたくじゃなくなるよ」と言ったって信じないと思う。

 

 

 

 

 

 

私は今だって信じられない。自分の思考に感情が追いついてない。なんで私、嵐のおたく辞めたの?え?やめるって何?この一年ちょっと、平野くんのことも応援しながら嵐も好きだったじゃん。それでうまく掛け持ちしてきたじゃん。なんで?って自分でも思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、ついこの前の出来事がきっかけとなって、嵐のおたくでいることに疲れちゃったから、少し離れたくなってしまったのだ。きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もともと嵐のおたくになる前から嵐は好きで、あと、携帯小説とかも好きなおませな女の子だったから、おたくになったときに夢小説というものを初めて知って、自分の好きな人がこんな職業についてたら〜、とか、こんな恋愛してたら〜、みたいなのを見て凄くキラキラした世界に見えてた。

 

 

そこで1人の筆者の方の夢小説に出逢って、嵐の名前やキャラクターを借りてる部分はあるんだけど、嵐そのものってわけでもなくて、そちらではなく凄くメッセージ性の強い綺麗な凜としたストーリーにフォーカスしてて。自分の価値観とか生き方とかすごく左右されるような小説に出逢ったのだ。

 

 

今はもう非公開になっちゃってるからちゃんと覚えているわけではないけれど、自分の手の中にはたくさんの希望や夢が詰まってて零さないように握りしめなくちゃいけないことも、欲しい未来は自分の手で掴みに行かなきゃいけないことも、辿り着きたい場所には自分の足で歩かなきゃいけなくてでも辿り着いた場所が自分の望んでた場所と違ってももしかしたらそこが辿り着きたい場所で案外笑ってるかもしれないことも、たくさんのこと学んで。

 

 

その筆者の方が伝えたいのは嵐との恋愛の妄想あれこれじゃなくて(もちろんそれも楽しんでもらいたいと思っていただろうし、すごく面白くて楽しかったけど)、若い私たちには未来があるんだよ、って事で。

 

この夢小説を読んだから私は救われた日も辛いことを乗り越えられた日も明るい未来を手にした日もたくさんあった。

 

 

 

だけど、作品にコメントなんて1度もしなかったし私の心の中でありがとうこざいますって言ってたのだけど、いろんな経緯があってその方がツイッターをしてる事を知って、その方をフォローして、なんか色々あってその方と交流してたらいつの間にかその方を好きな人たちみんなとお友達になってた。

 

 

みんながその筆者の方のつくったワールドの住人で、みんなしてお友だちで、バーチャルなんだけど、ご近所づきあい、みたいな?コミュニティが形成されてて誰かと誰かのリプにみんなが介入しだして@の数がわけわかんなくなる時もあったし、みんなで決まった時間に集まってきゃいきゃいすることもあったし。すごく楽しい繋がりだった。

 

 

勿論みんなが嵐大好きだから現場で会うこともあったけど、それ以上に現場関係なくご飯に連れて行ってもらうこともあったし、嵐以外のことも話して相談して……みんなを集めた筆者の人は夢小説の夢が壊れるからって理由で絶対に会ってくれなかったけど(笑)私の父親が「離婚したい」って言い出した私の人生の1番の大事件のときもその筆者の方にたくさんお話聞いてもらって「結局男なんてみんなろくな動物じゃないんだよ(笑)」みたいな話になった(笑)すごく人生救われてきたなぁと思う。

私が初めて持ったオタ垢がすごくアットホームなものだったから楽しくて楽しくて仕方なかった。

 

 

 

 

 

けど、その中でもやっぱりいろんな応援の仕方があって、「ガチ恋」「リア恋」「リア恋枠」「見守ってる枠」ってみんな応援スタンスが違うし、もともとが同じ価値観の人が集まった場所では無かったのもあって、全然意見が合わないなぁということも多かった。言ったもん勝ちみたいなところもあって、私は全然正反対の意見だけど、それが言い出せない…みたいなこともたくさんあった。

 

 

 

自分ではそこに関しては気にしてないつもりだったけど、やっぱりどこかストレスに感じていたのだと思う。嵐を応援することに疲れた……と思うようになってた。

 

 

 

 

 

 

 

で、一年ちょっと前に紫耀くんを好きになって、少しして紫耀くんのオタ垢作って、そこでは自分の意見たくさん言ってたし、素敵な視点でツイートされる方だなぁと思う方々をフォローするようになって、自分にとって初めて居心地が良いと思える、自分のためのタイムラインというものが形成され始めた。

 

 

 きっと、嵐のアカウントは与えられた場所で、紫耀くんのアカウントは自分の手で掴みとった場所だったのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを経験してからだんだん嵐のアカウントを覗くことが少なくなって、自分の心の余裕がある時に疲れない程度に呟くことが増えて、嵐を見る時間も減って。自分の中心はどんどんMr.KINGになっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして櫻井翔さんの熱愛報道が出た日。私は凄く嬉しかったというか、「やっといい人と真剣に交際してるんだ。ご実家のこともあるし、長男だから跡取りも産まなきゃだし、もうある程度普通の幸せを手にして良いんだよ。おめでとう。」とすこし幸せな気分を味わっていた。

 

 

 

 

 

けれど、嵐のアカウントはまるでみんなが背中からナイフをぐっさぐっさ刺されたかのように血の海で、苦しむ人嘆く人責める人ばかり。

 

 

私、嵐ファンとしてはみだしてしまってるのかな…ってすごく悩んだ。

 

私は嵐に対して「自分が幸せならそれでいいんだよ、女がほしいなら作ればいいし、寧ろ5人とも長男坊なのに家の跡取りもつくらずにアイドルやってくれててありがとうね、いつでもしあわせになっていいんだからね、ちゃんと選んだ女なら、あなたを幸せにしてくれる女なら、いくらでも祝福するからね」という気持ちでいたけれど、TLを見てみたらなんだか心が苦しくなってしまうようなツイートばかり。

 

 

 

 

みんなにとっては嵐って「リア恋」なんだなぁと。勿論「リア恋」も立派な応援スタンスだし、素敵な感情だし、恋してくれてるファンがいるからこそ、こうやって週刊誌に乗れば悲しむ人がたくさんいて、アイドルとしてすごく幸せな人だなぁと思うし、それを否定するつもりはさらさら無い。

 

 

私は嵐には幸せになってもらいたいな、と思ってて、でもそれはファンならみんなが思ってることで、そこに「リア恋」と「リア恋枠」の違いはないかな?と思う。

 

 

 

こんなことを言ってムキ〜!ってなる人も居るのを承知で言うと幸せになる過程や理由づけで、「リア恋」と「リア恋枠」って違いがあると思ってて、嵐に「リア恋」してる人は、「私の応援で」幸せになってもらいたいと思ってるのだろうなぁ、と伺える。彼に恋しちゃってるからこそ、自分以外の女が自分の好きな人の隣に平然といることが許せなくて、自分はこんだけ彼にお金も払って、尽くして、好きだと大きな声で毎日叫んで、彼が不自由なく生活を送れるようにしてあげてるのになんで彼の隣に立てるのが私じゃないの!?って。普通に現実に自分の周りにいる男にもつ感情に近いものを嵐にも向けているんだろうなぁ、と。(リア恋したこと無いので表現が過激になってるところもあるかもしれないが。)「リア恋」だからこそ、見返りを求めているのかなぁ、と思う。で「リア恋」拗らせて「ガチ恋」になって周りが見えなくなっていつの間にか自分のツイートで関係ないおたくをマウンティングしたり攻撃してしまう…他のおたくへのすこしの配慮や思いやりがあれば防げた宗教戦争がそこから始まることだってある…

 

 

 

でも、私は「リア恋」じゃないから、、「見守ってる枠」だから…………。頑張っても「リア恋枠」だから、嵐の隣にオンナがいれば興奮するし、智とはるちゃん、かわええのぉ、って思うし、多分、嵐が男になってる姿を想像するのが好き、というか……自分の感覚でのことだから上手く言えないけど、好きな男にオンナの影が見えるのが好きなんだ、きっと。

 

 

 

私は翔くんは素敵な女性(だと私は個人的に思ってた)を選んでるし、おめでとうと言いたい。でもTLみたら、そんなの言える雰囲気じゃないし、なんだか翔くんを責めるツイートばかりで、おめでとうと思ってる私は間違ってるのかなぁ(;_;)アイドルがテレビで彼女いますなんて言えるわけないじゃんそれで嘘ついたとかファンを騙したとかそれはちがくない!?(;_;)女と付き合ってるイコールファンを大切にしてないわけではなくないか!?(;_;)というか、ジャニーズとワンチャン!って思うおたくの方がおこがましくない……?って思ってしまった。

 

 

 

でもこんなこと言ったら、「まじでジャニーズと付き合えると思ってたの?とかいうやつハゲろ」とか「本当にファンなら応援しろよとかいうやつまじムカつく」とか責められそうで怖いなぁと思って(実際そういうツイめっちゃまわってきた)自分の言いたいことも言えなくなった。

 

 

こうやって熱愛が出るたびに嵐を責めるツイートばかりみて心が抉られるのはもう無理だな、と思ったし、嵐を応援するのが楽しいと思えないこともどんどん増えてきて。

 

 

 

 

 

嵐ファン全体の雰囲気としても、なんだか嵐を責めることが流行ってるというか、嵐が対ファン的パフォーマンスをしなくなってきたから責めてもいいでしょ、みたいなスタンスになってきてる方が増えてきたように感じてて(超個人的主観です)。

 

 

 

 

 

私は好きな子のことはとことん甘やかしたいし、盲目的に好きと言いたいけど、嵐ファンのそういう雰囲気を感じとって自分が勝手に自分の意見を言い出せなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

私は趣味だからこそストレス感じたく無いし、でもジャニオタに人生かけてるから、遊びでやってるわけじゃないから自分の価値観を大切にしたかったのに、嵐を好きでいることが疲れた。自分の意見が言えないことが苦しくて、言ったもん勝ちの状況が辛くて、でもみんなとの関係を壊したくないし、黙ってればいつかまたみんなで楽しくお話しできる時間がやって来るから………って静かにしてた。

 

 

自分の意見も言えず静かにすることにストレスを感じるのに、そこを我慢したから、嵐を応援するのも嵐ファンと仲良くするのにも疲れてしまった。

 

 

 

もちろん私は小さなコミュニティで暮らしていたからそう言う意見ばかりを見てしまっただけで、もっと広く視野を持って遠くに目を向ければ自分と同じ意見の人を見つけられたかもしれない。でも私にとってはその小さなコミュニティの意見が「嵐ファンの総意」となってしまうから。

 

 

 

苦しい場所から離れようと思った。楽しいけど疲れてしまう場所から離れようと。

 

 

結局私は嵐のおたくを辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこの疲れが癒えた時には、また嵐のおたくになりたい!と思える日が来るかもしれない。まだまだ嵐は変わらずに大好きなままだ。

 

今は嵐を外野から見守ることを決めて私の言葉はシカトされてしまうけど、それでいい。

 

また、嵐のおたくに戻りたいと思った時に、与えられた場所ではなくて、静かに自分のペースで自分の意見を言える場所を自分の手でゼロから作ればいい。自分の欲しい未来は自分の手で掴むんだって、教えてもらったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日から私は嵐の外野だ。